おはようございます。
今日(6月28日)で5日目、最終日を迎えました。今日の様子はまた後日日を改めてお知らせします。
以下4日目
ついに修学旅行も終盤を迎えつつあります。
4日目は"石垣の家族"にいつか再び帰郷することを約束し、別れを告げました。
写真はありませんが、那覇空港には海上自衛隊航空部隊の施設も併設されているようです。
バスに乗り換え、ひめゆり平和祈念資料館へ
館内では日本史上最大規模で最悪といわれた沖縄の地上戦において、ひめゆり学徒隊が悲惨な状況で兵士の手当にあたったということや、その戦場の様子を生々しく伝える資料などが展示されていました。(館内は撮影が制限されているため、写真はありません)
その後、糸数壕(糸数アブチラガマ)を見学しに行きました。
糸数壕は本島南部の城南市に位置する鍾乳洞です。もとは糸数集落の避難指定壕でしたが、戦場が南下するにつれ、南風原陸軍病院の分室となり軍医、看護婦、ひめゆり学徒隊などが配属され、全長270mのガマ内は600以上の負傷兵で埋め尽くされました。
当時のガマ内は非常に不衛生でろくな薬品もなく、破傷風患者が数多いました。感染症や脳症の患者は一般区域から隔離され、その場でもがき苦しみながら死んでいったと言います。またガマ内は真っ暗で懐中電灯がないと手の先も見えない状態でした。
そんな中で、無念に散っていった当時の人々のことを考えると、やはり何か考えさせられるものがあります。
今月23日に沖縄戦が終了(正確には総司令の牛島満が自刃した日)して68年が経ちました。当時の戦争を知る人の数は少なくなり、近くそのような人はいなくなるでしょう。だからこそ我々未来世代が、無念の中で散っていった御霊のためにも、戦争がいかなるものなのかを知り、正面から向き合い、そしてまた後世へ語り継いでいく責任があるのではないでしょうか。
ユネスコ憲章の前文にこのような文言があります。
-"Since Wars began in the minds of men. It is in the minds from men that the defences of Peace must be constructed. "
ー「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」
今回このような体験が、各々の中に"平和のとりで"を築く手助けになったのではないと思います。
糸数壕を去り、次は嘉数高台公園へ向かいました。
嘉数高台公園からは米軍の普天間基地を一望することができます。
今日はなぜだか航空機が一つも飛んでおらず、騒音がどのようなものかが体験できなかったのが残念でした。ですが、やはり基地を取り囲むようにして建っている家屋はとても危険だということが一目見てわかります。
さて、これで本日の行程は終わりです。
後はホテルでビーチレクリエーションを催し、ダンスや歌などのパフォーマンスを見て、クラス対抗でイントロビーチフラッグや宝探し、砂でお山作り(笑)をして楽しみました。
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